この日を記す

ライター西森路代の仕事とかいろいろ

いまさら『富士ファミリー』を見た

お正月にNHKで放送された、木皿泉さん脚本の『富士ファミリー』をやっと見た。私が見たのは2016年版のほうだけど。

この作品、家や商店を中心に描かれている。例えば、『葛城事件』や『国際市場で逢いましょう』は、両方ともに商店が出てきて、一家の長である父親が、その商店とそこから透けて見える家というものを、よりどころにして生きていることが描かれている。その両作品の父親は、最後に家と商店をどうするかっていうことで結末が変わってくるのだ。

この『富士ファミリー』はというと、そういえばその家には父親が出てこないし、商店を切り盛りしているのは、片桐はいり演じる笑子バアさんだ。バアさんは、年々衰えて迷惑をかけてしまうかもしれない自分のことを、「ここにいていいのだろうか」と思って生きているのだけれど、それはあるシーンで解けることになる。

不思議なことに、このドラマでは商店も家も存続したままなのに、家父長制的に家に縛られる感じがしない。それは、家の外からやってきたもの、例えば死んだ奔放な次女の夫がそのまま家にいたり、東京からいわば逃げてきた住み込みのアルバイトなどを、家に取り込んでいるからだ。血縁だからとか、存続のためだからといって、しばりつけるのではなく、居場所のなかった人を受け入れる場所としての家だからこそなのだ。

しかし、長女は長女だけに、家に縛られているような感覚をもっていたことがわかる。それは、たぶん50歳くらいになって初めて外泊したことでわかる。長女は勝手に縛られていただけだたのだ。バアちゃんは、娘の外泊の連絡を知って、住み込みのアルバイトと大笑いをする。

誰も縛っていないのに、縛られていた気がしていたことが解けたのは、転がるように生きてきて死んだ次女の幽霊から、「転がってもいいんだ」と言われるからである。

家は単なる居場所であり、縛るものでもないし、転がりたかったら転がればいい、老いたってわけありだからって、この世の中にいてよくないなんてことはない、それだけが描かれてるだけで、こんなにも優しい作品になるのだなと。

そういや先日韓国の『哭声/コクソン』を見て、閉鎖的な集落の心理をホラーと組み合わせて描くってことは、昔は『八つ墓村』関連で見られたけれど、最近は見なくなったなと思っていた。しかし、この『富士ファミリー』の舞台となった町も、『コクソン』のようになってもおかしくないくらいの人口の土地ともいえる(いやそこまでではないかもしれないけど、描き方によっては)。

でも、そうはならないことを描きたい、というのが今の日本にはあるのかなと思った。それは、見たくないものを描きたくないという消極的なことのように、『富士ファミリー』を見る前には思っていたけれど、そうとも言えないような気がした。絶望を描くことと、希望を描くことはどっちが難しいのだろう。

「タラレバ」「逃げ恥」関連の仕事


最近の仕事のことを。このところ、『逃げるは恥だが役に立つ』や『東京タラレバ娘』関連の記事が多かったので、それをまとめておこうと。


ユリイカ東村アキコ特集で、「東京タラレバ娘」について書いてます。
「何が女の子をタラレバ娘たらしめたのか」

 

あとは、『タラレバ』『逃げ恥』の編集者のおふたりの対談のライティングしました。
「逃げ恥」×「タラレバ」担当編集者が教える「ヒットの秘密」
いま、女性漫画に求めれられていること
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51249


『逃げ恥』の作者・海野つなみ先生と、ドラマ脚本の野木亜紀子さん対談でもライティングしました。
【対談】逃げ恥の「萌えポイント」を読み解いてみたら2017年3月28日
「逃げ恥コンビ」対談 ~ 漫画原作者海野つなみさん、ドラマ脚本家・野木亜紀子さん 前編
http://wol.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/192326/032400025/


毎日新聞での「タラレバ」記事でコメントしています。
特集ワイド「東京タラレバ娘」が…アラサー女性に刺さる理由
http://mainichi.jp/articles/20170208/dde/012/040/003000c